2度目の婚約 7回目


ファイナルシーズン

私はようやく到着した。

ウクライナ・ハリコフの空港で彼女が出迎えてくれた。

その後レストランに向かい、私は迷わすプレゼントを全て渡した。

私の荷物はiPhomeやヘッドフォンと貴重品、数日分の衣類だけ。

”10kg以上”のプレゼントを彼女に渡した。

その中身はサングラスやコート、バック、マフラーなど本当に沢山。

彼女にとって”今”必要な物。

さらに、クリスマス当日に開けるよう別にクリスマスプレゼントも渡した。

その中にはオルゴールと、手紙、今までの私達の軌跡を印刷したフォトブックも入れた。

全て彼女が好むものであり、彼女のジャストサイズであった。

彼女はとても喜んでくれた!

「今までの人生でこれほどのプレゼントをもらったことが無いよ!」

と感動してくれた。

私も本当に嬉しかった。

数日間滞在する予定だったのだが、再開時に

 

私達は”二度目の婚約”をした。

 

結婚の約束を改めてした。

多分、私達は日本で生活する事になるだろう。

そう、お互い感じていた。

 

それは前回同様に口約束であったが、多くの事も語った。

未来の家族の事。

お互いの将来の事。

そして最終日に婚約指輪を現地で買う事を決めた。

数日簡単なモールで指輪を見たのだが、予算やデザインの好みを伝え最後の日に、彼女がアレンジするお店で購入する予定。

本当に、彼女との数日間は楽しかった!


(当時の写真)

お互い全て語りつくした。

彼女に会うとコミュニケーションは問題無い。

しかし、離れると簡単に言えば”彼女自身の事を”多くを語らなくなってしまう。

未だその理由が解らないが、彼女には毎日一回は連絡をするように!と私からお願いした。

これで彼女とのコミュニケーションに対する不安がなくなるだろう。

旅の目的の一つを達成したのである。

また、前回過呼吸で倒れてしまったのだが、今回は全く大丈夫。

彼女も直接会って安心したみたいだ。

 

12月11日

私は助けてくれたホテルの従業員と写真を撮った。


(当時の写真)

それは私が倒れてしまっても、またこのホテルを利用してくれたというホテル側の好意でもあった。しかし、楽しい時間もそう長くは続かない、なぜなら最終日にまたもやアクシデントが起きた。

翌日の朝に予約した(ハリコフ6:00am~キエフ8:00pm)が急遽飛ばなくなったのだった・・・それは朝AM3:00頃にExpediaの緊急連絡メールで知る事となった。

その日の午後に彼女と会い急遽その事を伝えた。

明日の朝までにキエフまで戻らないと帰る(イスタンブールを経由)飛行機に乗れないではないか・・彼女も少し焦っていたが、的確に動いてくれた。

最初はローカル電車を予約したのだが、結局は12時間の旅は辛い事からチケットをキャンセルしたのだが、過酷だという事もあり代わりに、8:00pmの乗合バスに乗る事になった。


(当時の写真・キャンセルした電車のチケット)

 

これは現地の方が乗る比較的庶民的なバスであるがセキュリティに大変な不安があった・・・理由は真夜中に一人で小さなバス(ワゴン車)に乗る事はどういう気持ちかお解りだと思う。
*ハーモニー推奨ではありません事をお伝えします。

そのバスの運転手にロシア語が喋れない日本人が乗る事を説明し、一度バスが乗り換える時もサポートするように彼女は懇願してくれたのだ。

キエフまで7時間ほどだが、一度乗り換えがある・・・その時間も解らない・・・彼女には弱音を吐けない、断る事もできない・・・のは当然だが(最終日なので喧嘩したくない為)、眠る事が出来ないのは辛い。

またもや、こんな状況で彼女と”さよなら”を言わないといけない・・・そして、予定していた婚約指輪は買えなかった。

 

時間が無かったのだ・・・。

気持ちに余裕が無かったのだ・・・。

 

しかし、私は別れ際に持っていたストローの袋で指輪のサイズを計った。

 (当時の写真・帰国後にサイズを計る)

それはすぐに”ちぎれそうな”ものであったが、大切にポケットにしまった。

私達はハリコフの駅で一日早く別れる事になったのだが、彼女との別れはいつも寂しい。


(当時の写真)

帰国後彼女とは、より親密になり深い愛情を語れるようになっていた。

クリスマス、正月を一人で過ごすのは寂しかったが、年始からはLINEをお互い使い始めた。

私達はチャットをして、遠距離恋愛の期間、初めて彼女と遠距離で会話ができた。

しかし、それは二日間だけで彼女はまた元に戻ってしまった。

いつものロボットの様な連絡のみ・・・返事もLINE特有のスタンプが私たちのコミュケ―ションをさらに隔てた。

このような関係がいつまで続くのかと、不安と憤りが続いていた。

 

彼女が来日すると言った”桜が咲くころ”とはいつなのか・・・。

3月25日頃と彼女は言っていたが。

 

 

具体的な日取りも聞かされないまま、孤独な3ヵ月を過ごす事になる。

 

そして・・・。

 

あれから3ヵ月が経った。

 

それは2015年3月10日の事、私はある事を彼女に伝える。

 

*ラスト2話で完結、引き続きご期待ください。*

 

この物語の終わりをもうすぐ迎える。

※この日記は2015年3月10日までに書き溜めた物を掲載しています。

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